スタッフ
監督: ドン・シャープ
製作: ピーター・スニール
脚本: ジョン・ゲイ
撮影: アーネスト・スチュワート
音楽: ジョン・スコット
キャスト
ヘネシー / ロッド・スタイガー
ホリス警部 / リチャード・ジョンソン
ケイト / リー・レミック
ライス部長 / トレヴァー・ハワード
ウィリアムス / ピーター・イーガン
トビン / エリック・ポーター
ゲリー / イアン・ホッグ
ボイル / ジョン・ハーラン
ホーク / スタンリー・リーバー
日本公開: 1975年
製作国: イギリス アメリカン・インターナショナル作品
配給: 東宝東和
あらすじとコメント
今回も、孤独な中年アナーキストが主役。ただ、政治信条を曲げずに確固たる信念で行動する男ではなく、別な意味で『孤独』を痛感する男が主人公。
※先週のタイトル表記が間違っていました。「戦争は終わった」ではなく、「戦争は終った」です。訂正してお詫びいたします。
アイルランド、ベルファスト。第二次大戦でイギリス軍に所属し、爆破のプロだったヘネシー(ロッド・スタイガー)。現在は、解体現場でその手腕を振るう日々であった。
そんな彼はイギリスから武力での独立を目論むIRAの幹部であり、親友のトビン(エリック・ポーター)から、爆薬調達の依頼を受けるが拒否した。その帰り道、7歳になる娘を迎えに行った妻が、託児所近くで起きた暴動に巻込まれ、二人共、イギリス兵に射殺される現場に居合わせてしまう。
妻子を失い失意のどん底に突き落とされるヘネシー。だが、周囲の心配を他所に、葬儀直前、たった一人イギリスに行ってしまう。
不審に思ったトビンが調べると、彼は新聞社に渡航直前、「英政府の国会開催式はいつか」と、問い合わせていたことが判明して・・・
復讐の鬼と化した中年男を巡る異色のサスペンス作。
イギリスとアイルランド間の紛争が根底。当時、IRAは過激な破壊活動でイギリスを恐怖に陥れていたのは事実。しかし、本作の主人公は、そんな活動家たちとは一線を画していたが、妻子が巻き添えを喰って死んだことから単身でイギリスに復讐しようと決心する。
映画は、IRAの幹部が勝手な行動を取られては組織にも被害が及ぶと、自分らで主人公を抹殺しようとするが失敗。そして、ある種、『政治判断』をし、今度は、IRAを眼の仇にする敵であるはずのロンドン警視庁の豪腕刑事に情報を流す。
ここで主人公は双方から追われる立場となっていく。しかし、孤独ながら冷静な判断を下す男は、あまたの難関をかわしながら、着実に『自分だけの復讐』を実行に移していくというストーリィである。
しかも、その標的はエリザベス女王を含む、英国政府要人すべてという大胆な計画。
ご都合主義的展開もあるし、どこかドン・シャープ演出も大雑把である。それでも、イギリス映画の王道的サスペンス技法を踏襲していて面白く、飽きずに見てはいける。
中でも、個人的に一番興味を持ったのは、往年のイギリス映画らしいサスペンスに、ドキュメンタリー映像を挿入した手法。「セミ・ドキュメンタリー・タッチ」と「劇映画」の融合である『バルコン・タッチ』とも違う手法に感じ入った。
確かに、戦争映画など、予算を掛けられないので、ドキュメンタリー映像を挿入し、大作映画として製作され、宣伝された作品は数多くある。
しかし本作で、特段、興味深く感じたのは、完全なるドキュメンタリー映像を挿入し、「本物のエリザベス女王と皇族」が出演者として演技しているように描かれることである。
確かに、ほんの一瞬ではあるのだが、前後の映像を劇映画部分に上手く挿入編集しているので、もしや、本当に女王が演技者として出演したのかと勘違いしたほど。
どこか、低予算のB級テイストを感じさせながら、そこだけ妙に大作っぽく感じるのは、「女王」という存在感が、それだけ重いということだろうか。
主演のロッド・スタイガーの思わせ振りで鷹揚な演技も彼らしいと感じるし、佳作とかいうレベルではないが、面白い作品である。