スタッフ
監督:久松静児
製作:佐藤一郎、金原文雄
脚本:笠原良三
撮影:黒田徳三
音楽:広瀬健次郎
キャスト
加藤軍曹 / 加東大介
鳶山一等兵 / 伴淳三郎
篠崎曹長 / 有島一郎
大沼一等兵 / 桂小金治
前田一等兵 / 西村晃
杉田大尉 / 織田政雄
青田上等兵 / 渥美清
浅川中将 / 志村喬
北川上等兵 / 佐原健二
坂田伍長 / フランキー堺
製作国: 日本
配給: 東宝 東京映画
あらすじとコメント
戦時下のニューギニアで実際にあった慰問隊をモデルにした内容で、それなりに反戦映画としても機能している人間ドラマ。
西部ニューギニア マクノワリ
昭和19年秋、4万人の兵士が駐留していたが補給路を分断され飢えとマラリヤで7千人強にまで減っていた頃。全隊に厭戦気分が蔓延し生きて日本には帰れまいと嘆く兵士たちが続出していた。
そんな風紀を改善しようと杉山大尉(三橋達也)は、元役者であった衛生軍曹加藤(加東大介)に慰問を兼ねた演芸分隊を発足させるよう命じた。加藤は各地に散らばる部隊から演技、演芸経験者を募った。
一応合格となれば幾分かの食料と戦地からの離脱も出来ると様々な者たちが集まって来るが・・・
実話を元にした戦争ドラマ。
原作は主役を演じる加東大介で、実際に彼が戦地で関わった慰問分隊の活動を描く。
劣悪な環境下で、敗走に次ぐ敗走で士気は低下。食料も物資も乏しい状況下で慰問活動を起こし、果ては常打ち小屋まで建造していく主人公たち。
元売れない旅役者、僧侶、技術系出身者は舞台装置担当に、服屋は衣装担当と様々な男たちが参集し、一から作っていく過程の中で、それがどれほど疲弊した兵士たちを元気づけ勇気づけて行ったかを描いて行く。
何よりも当時の日本の役者は脇に至るまで芸達者ばかりだったと唸ってしまった。そういったプロたちによるアンサンブルがどれほど琴線に触れて来るか。
浅草演芸出身の渥美清に、戦前大人気だった浅草のエノケン(榎本健一)一座の名物役者「如月寛太」とウソを名乗らせ、登場させて後の寅さんに通ずる立て板に水の如しの啖呵を切らせる。
特に特別出演枠のフランキー堺によるピアノ演奏場面や、人情派部隊長である森繁久彌の立振る舞いなど流石の名優で場面を掻っ攫っていくのはお見事の一言。
確かにかなり善意の脚色もあるだろうが、それでも絶望的な状況下の悲惨な日常も上手く取り入れられ、それが積み重なって大きな感動へとつなげていく。
タイトルからも分かるように南の島に雪など降るはずもない。女性も一人もいないので女形も兵士だ。
その嘘と分かる舞台ですら、生きて帰れるか不明の各々の故郷に重ね誰もが涙する。登場してくるのも「国定忠治」や「瞼の母」。
極限状態下での人間の尊厳を告発する戦争映画が数多い中で、一応はそれも挿入しながら、あくまで『慰問の演芸』をメインに据え進行していく。
南方の灼熱地獄であるジャングルの兵は、実は東北出身者が多いのも「雪」が希望と思い出に直結するだろうと納得である。
特に僻地で数名単位で居残る部隊の設定など涙腺を刺激してくる。何せ、その地の部隊は「全滅」と上層部が判断すると生き残りの兵士も戦死扱いで、この世に存在しないという存在になる。
食料も薬品もない状況の部隊にいるのがゲスト出演のフランキー堺であり小林桂樹。
ある意味で告発でもあるが、声高に反戦を謳うわけでもなく、役者たちも致し方ないと、どこか飄々としつつ哀愁を漂わせる演技のみで通してくる。
戦争は通常の価値観なり人間性を奪う行為。だからこそ嘘と分かる演芸にすがっていく中で、一縷の帰国の望みに思いを馳せる兵士たちのそれぞれの顔に胸が熱くなる。


