今回の都々逸。
「老いて益々盛んなはなし お暑い真夏の汗を拭く」
元気で良いなと思うのか、はたまたご苦労なこったと感じるのか。
今年も暑いは暑いが東京はさほどでもないと感じるのは、どこかで諦念したからだろうか。まあ、立秋も過ぎたが、お盆はこれから。
そのお盆だって東京は7月中旬に終わった。一々、どうでも良いことに気が向くのは古い行事なり、しきたりの忘却化傾向が強いから。そもそも大阪で『江戸前寿司』などありえないし、これが東京で上方を揶揄すると怒られるのに。『エセ関西弁』と方言を真似しても怒られるし。
でも羨ましい。だって、江戸弁は絶滅したから。エセか天然か比べられるほど街中で話されてないし、自分の地元でさえ、普通に江戸弁を話すご老体もいない。
進化か衰退かは別問題にしても、忘れ去られるものはその宿命だろう。
となると都々逸も同様か。しかも今日のやつだって所詮、他人事と思えるか。否や、幾つになっても若く元気でと願う人もいるので否定は出来まいが。
事実、大学映画サークルの仲間でサラリーマンを勤め上げ、悠々自適の生活に入りながらも、かつての部下の女性に飲みに誘われたとか、元AV女優と一緒に飲んだとか自慢ばかりをインスタグラムに発表してくる奴もいる。
お盛んで、とは思わないのが自分の性分。悪気はないのだろうが、江戸前の人間としては、そういうのは「野暮」と受け取る。
そう、粋の反対である。ならば自慢は結構だが、それが冷や汗にならないようにね、ぐらいは思ってやるか。

