ヘアピン・サーカス   昭和47年(1972年)

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スタッフ
監督:西村潔
製作:安武龍
脚本:永原秀一
撮影:原一民
音楽:菊地雅章

キャスト
島尾俊也 / 見崎清志
小森美樹 / 江夏夕子
島尾紀子 / 戸部夕子
野田 / 睦五郎
水上理恵 / 笠井紀美子
ター坊 / 佐藤文康
アキラ / 舘信秀
アリヤマ / 有山直樹
女性モデル / 田坂都
中年教習生 / 富田仲次郎

製作国: 日本 東京映画
配給: 東宝


あらすじとコメント

日本の自動車産業が隆盛だったころの作品。日本製のスポーツカーとしては伝説の「トヨタ200GT」。その車両が見事に躍動する姿が描かれた不思議なティストの作品。

東京

元はプロのレーサーだったが心に傷を負い、今やしがない個人の運転指導員をしている島尾(見崎清志)。彼は妻と幼子とつつましく暮らしているが、毎回仕事終わりに途中のオシャレな喫茶店でのコーヒー・タイムが何とはなくの息抜きの時間であった。

ある晩、かつて類稀なる感性を持ち、最速で免許証を取得した20歳になる小森美樹(江夏夕子)が店の前の駐車場にいるのを見かけた。その直前、首都高を走行中に三台の車とバイクでカモらしい車を挑発し、無茶なあおり運転を仕掛けていた彼女を見たばかりだった。

一応、元教官として無茶なことはするなと意見したが、逆に仲間らからバカにされてしまう。島尾はどこか諦念というか、既に人生から降りている風情が漂っていたからだ。

そんな彼に美樹は挑発心が芽生え・・・

伝説の名車が艶めかしく妖しく躍動するヨーロッパ・ティストの作品。

冒頭、第一次大戦で見事なチームワークで敵を恐れさせたドイツの航空編隊が存在し、その名が「ヘアピン・サーカス」だと浮かぶ。原作は五木寛之の短編から。

監督は、街道沿いのドライブインに拳銃を持った若僧が乱入し居合わせた人間らを恐怖のどん底に落としていく「死ぬにはまだ早い」(1969)が印象深い西村潔。

今回は集団人間ドラマというよりも、実にクールでシャープな映像で繰り広げられる『映像詩』である。

本作を初めて映画館で観たときのショックは忘れられない。冒頭は車載カメラによる映像で、アクセルを何度も吹かして恐怖心を煽り、首都高速の料金所から進入路を上がっていき、いきなり本線へ合流すると信じ難いスピードで次々とあおり運転と幅寄せをし、いきなり隣への車線変更を繰り返すという、まさに暴走行為の映像をワンカットで見せてくる。

そこに被さるのはクールで緊張感のあるモダン・ジャズ。映像と音楽の異色なセッションの高まりから恐怖感が刺激され鳥肌が立ち、足を踏ん張ってしまった。

確かに車載カメラによる撮影法は、日本から三船敏郎が参加した「グランプリ」(1966)や、スティーヴ・マックィーン主演の「ブリット」(1968)が先だが、あちらは安全を確保し周囲をシャット・アウトしての撮影。

だが、本作は車載カメラ映像から見て取れるが、実際に一般車両が走る首都高速や一般道で無茶苦茶なゲリラ撮影をしているのだ。

主演の見崎清志は元プロのカーレーサーであり、当時同じチームに所属して活動していた仲間が暴走族側の仲間として参加している。

ゆえに見事なるドライビング・テクニックなのだが、オートマ車ではないギアチェンジとハンドル捌きにアクセル系の動作を同時にこなす迫力が車の振動と共に嫌というほど伝わってくる。

確かに主役の見崎はプロ俳優ではないので未熟さが際立ち見ていられないほどだし、ヒロインの江夏夕子も都会派のクール・ビューティーさを感じさせるが、演技は上手い方ではない。

自惚れて高級車に乗り相手が女ドライバーと知り緒発してくる男らを魔のヘアピンに誘導し自爆させるというストーリィ自体も弱いとは感じさせる。

だが本作はそれよりも、まるで生きているような艶めかしさと妖気を放つトヨタ2000GTそのものの魅力と、そのエンジン音や同乗感に酔いしれることに尽きると痛感する。

日本映画でこれほど車をセクシーに撮った作品はない。人間がデザインし計算して作りだした車両。利便性や燃費よりも別な温もりを感じさせる。

ヒロインと一緒に暴走を繰り返す仲間が操るのはのはセリカ1600GTとイタリアのアルファロメオ1750GTV。最後で元レーサーの意気地が甦り、戦いを挑む主人公が乗るのはサバンナ・クーペGS2。

当時、いかに日本車が元気だったかを感じさせるし、オートマ車で粋がる現代人とは違う気骨さをも感じさせる。

ゆえに物語の進行と編集によるリズム感を追うのではなく、あくまで映像に被さるジャズと車の融合性に酔うべきである。

しかも制作時の日本映画界は斜陽産業化していたが、何故か東宝はハリウッド映画よりもヨーロッパ映画を意識して作られていると思わせる作品も多い。

本作もその最右翼であり、できれば大画面で鑑賞し、本当の『車酔い』を感じつつ映画に酔ってみるべきと考える。

余談雑談+ 2025年2月22日
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