余談雑談 2026年8月15日

旧盆であり、81回目の終戦記念日。

TVでは帰省ラッシュの混雑と熊本の地震関連が目立っていた。その上、今度は千葉での豪雨で死者まで出てしまった。

東京は例年よりもマシと思える暑さだと思っていたが、それでこの豪雨だ。何の思し召しかと邪推してしまう。

その一方で、もし自分ならと思い浮かべた。地震発生時なり、想定外の豪雨に遭遇したら何をどうするか。もしくは何ができるのか。

身を守る行動を取るのは、平時では当たり前に考えるが人間その瞬間には、どうできるかは分からないよなと。

「機を見て敏」が生き残る得策か。しかも車を運転してたら、車を捨てて体ひとつで退避ができるか。

それとも泰然自若と動かず、震度や道路状況にもよろうが揺れなりが収まってから行動するのが良いか。

少なくとも車は運転しないし、今のところは瞬時にスマホを見ないから面白がってわざと御情報を流す奴に左右されないとは思う。

恐らくは自分のその時までの価値観の積み重ねが行動にでるのか、でないのか。

スポーツなど一切してこなかったから反射神経は鈍いと思う自分。緊急地震速報がたまに鳴ったりするときは、東日本大震災の時も同じだったが大概が自室で独りのとき。

外にいたら怖くてフリーズする人もいる。結局、死の恐怖が近付いてきても逆に猛禽類に睨まれた獲物の如しで動けないのと同じか。

それが吉と出るか凶と出るのか。それとも生き残った方が後の後始末などを考えてストレスが重課されるのか。

震災時よりも加齢している。体力も落ちて肩も上がらなくなり、重いものはかなり処分はしてきた。しかもそれは平時対応で、瞬発力は衰えているのは確実だ。外出中の豪雨時にバスや電車が止まったらと考えるだけで身震いがする。

それでも素直な素人のSNS画像投稿でも、刺激的のみで恐怖心をかなり煽られるのは変わらない。

そこでふと未経験ながら連想したこと。これが戦時中だったらどうだったのだろうか。

戦争末期の東京下町への爆撃は、ほぼ連日だったそうだ。「絨毯爆撃」は地震や線状降水帯とはまた違う、死へ直結する恐怖だろう。

そして迎えた終戦。その時に玉音放送をどこで聞いたかを質問しても答えられる人はほぼ鬼籍入り。

歴史が変わる瞬間の共通体験。大地震とは違うが、現実がどれほど安心で死に直結しないかと。

個人的に印象に残っているのは岡本喜八による「日本のいちばん長い日」(1967)のパンフレットに『8月15日をどこでどのように迎えたか』という質問に対しての出演者たちの回答一覧が載っていたこと。

これには鳥肌が立ち心が痛んだ。子供で意味が分からなかったが大人が大声で泣いていたとか、戦意発揚映画撮影中やら、青年将校で徹底抗戦とか、死んでいった友人らに申し訳ないと泣いたとか、実に様々だった。

これが自分の実体験としては、東日本大震災のときにどこで何してたが共通体験の質問でよく聞いていた。

しかし、それすらあまり尋かなくなった。熊本では10年前の時はとか、今回はどう違うとか話し合いを共有するのだろうか。

また、千葉にゆかりのある人は、あの豪雨のときは、が話題に上るのか。

一応、想像することも重要かな。自主性の欠如でSNS頼りとか、AIに聞くとか即答する人もいるんだろうな。

揺れの大きな地震の時も反射的にスマホ経由で尋くのかね。それとも後の投稿用に動画撮影か。

間違いなく自分は、それほど緊張感を持たずに生きてこられた。ということは偉そうなことは言えないか。

色々あったけど、何とかなってきた。なので、いざという瞬間には、か。

もういいか、とは思わないんだろうな。どうにも立ち腐れな奴だね。

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