スタッフ
監督:オーソン・ウェルズ
製作:アンヘル・エスコラーノ、E・ピエドラ
脚本:オーソン・ウェルズ
撮影:エドモン・リシャール
音楽:A・フランチェスコ・サヴァニーノ
キャスト
フォルスタッフ / オーソン・ウェルズ
ドール / ジャンヌ・モロー
クイックリー夫人 / マーガレット・ラザフォード
ヘンリー4世 / ジョン・ギールグッド
ケイト / マリナ・ヴラディ
沈黙氏 / ウォルター・キアリ
ピストル / マイケル・アルドリッジ
ジョン王子 / ジェレミー・ロウ
ウースター / フェルナンド・レイ
日本公開: 1986年
製作国: スペイン、スイス アルパイン・プロ作品
配給: フランス映画社
あらすじとコメント
「飾り窓の女」(1960)でアンニュイな売笑婦を演じたマリナ・ヴラディ。今回は奇才オーソン・ウェルズによるシェイクスピア劇に出演した作品を扱う。
イギリス、ロンドン近郊
15世紀、王位に就いたヘンリー4世(ジョン・ギールグッド)統治下、皇太子であるハル(キース・バクスター)は巨漢の悪漢フォルスタッフ(オーソン・ウェルズ)と放蕩三昧の日々を送っていた。
王は忸怩たる思いであったが、皇太子は若気の至りからか意に介せず辻強盗の手助けまでしていた。
そんな英国に様々な謀反が起き、国王は頭を悩ます日々が続く。中でも先王の世継ぎ候補であるパーシー一族の息子の勇猛果敢な行動と息子を比べて閉口もしていた。
それでもハルはフォルスタッフの傍若無人で大ぼら吹きの言動が面白く一向に意に介さずにいたが・・・
シェイクスピア作品を見事に映像化したウェルズ渾身の秀作。
ふてぶてしく悪事に手を染め、すべからく自己中心的に改ざんし他人をたぶらかそうとする主人公。
国王の息子を懐柔すれば今後は安泰と思いながら平気で悪事を重ね、嘘をついて行く。
それを監督も兼ねたウェルズがやり過ぎ感のあるメイクと存在感たっぷりの演技で圧倒していく。
その大袈裟加減が舞台劇俳優とは全く異なる見事なる映像用演技として表現してくる。個人的にも痛感していることだが、舞台がメインの役者は、敢えて映像でも同じような眼をむいたり、大袈裟に肩で息をしたりとあくまで舞台の方が格上的価値観で映像に望む人間もいる。
それを舞台とは違うアプローチをするべきであるという考えを見事に見せつける。
その他にも壮大なるオープン・セットと作り込まれた小さな部屋のセットも違和感なく連続性を感じさせながら見事にマッチし、有名ではないがまさしく実力のある、そして他の誰とも被らない個性的な演者たちによる見事なるアンサンブル。
シェイクスピアによる哲学的、観念的な台詞がそういった俳優たちによって心に染みてくる。
特に女優陣三名の演技は特筆に値する。安宿の太った老婆女将のマーガレット・ラザフォードこそイギリス系だが、敵役である別な世継ぎ候補の妻役のマリナ・ヴラディと主人公を心底愛する売笑婦役のジャンヌ・モロ─はフランス系で、イギリス女性とはまったく異なる色気を発して、これもキャスティングの妙味と感じさせる。
舞台劇を意識させる安宿内の場面、ロケをした荘厳なる教会内の使用法、そういった閉塞感から解放させつつも、別な嫌な空気が漂うオープン・セット等とまったく異なる空気感の中で統一された『何か』が、一本の筋として通っている。
そしてクライマックスで描かれる鎧兜による肉弾戦の戦闘場面など、まさに死人は出なかったのかと驚かせる迫力の中で人間の業の弱さと詭弁を見事に浮び上がらせる。
白黒画面ながらウェルズらしい凝ったショットや計算された編集によって流れるような展開を過ごせる至福。
ただし、「市民ケーン」(1941)に代表されるウェルズの観客を選ぶような挑戦は単純なる歴史絵巻として鑑賞しようとする観客にはリタイアさせるであろう、別な『ヤラシさ』をも感じさせる。
つまり、誰が見ても好きで面白いとは思わせないウェルズの矜持が感じられる仕上がり。
ゆえに天才でもあり、奇才でもあると恐れ入った秀作。


