スタッフ
監督:フランソワ・トリュフォー
製作:マルセル・ベルベール、F・トリュフォー
脚本:F・トリュフォー、ジャン・グリュオー
撮影:ラウール・クタール
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
キャスト
カトリーヌ / ジャンヌ・モロ─
ジュール / オスカー・ヴェルナー
ジム / アンリ・セール
テレーズ / マリー・デュボア
レシタン / ミシェル・シュポール
サビーヌ / サビーヌ・オードバン
ジルベルト / ヴァンナ・ウルビーノ
ルーシー / アニー・ネルセン
アルベール / セルジュ・レズヴァニ
日本公開: 1964年
製作国: フランス ソシエテ・セデフ作品
配給: 日本ヘラルド
あらすじとコメント
フランスの女優ジャンヌ・モロ─で続ける。独特の色香を放つ彼女をフランソワ・トリュフォーが、いかにも彼らしい感性で描いた人間ドラマ。
フランス、パリ
20世紀に入り10年ほど経ったころ。オーストリア出身のジュール(オスカー・ヴェルナー)はフランス人青年ジム(アンリ・セール)と知己を得て意気投合した。互いが文学青年でもあり必然と親友となった。
彼らは常に一緒に行動し、様々なことを語り合い飽きることがなかった。場所柄、多くの女性と知り合うが誰もが一過性の存在にしか過ぎぬほど二人の仲は良い。そんな時、彼らが惹かれるアドリア海の小島に存在する古い女性の石像群にそっくりな女性クリスティーヌ(ジャンヌ・モロ─)と知り合う。
互いが彼女に興味を持ったが、ジュールが彼女との結婚を熱望し一緒に暮らすようになった。それでも男二人の友情は変わらず、というか常に三人での行動がメインで傍から見ると不思議な三人組と思われた。
そんな生活が続いていたが第一次大戦が勃発し、男二人は互いの国の軍隊に招集されて敵味方となって参戦することになり・・・
不思議な人間関係を描く特殊なドラマ。
まるで精神的にはホモセクシャル的な関係にも見える文学青年二名。
そこに奔放で自由快活な女性が絡んで来て、何とも俄かには信じ難い関係性が生まれ、それでもそれぞれの価値観で甘受していく。
この妙な三角関係が理解、というか受け入れられない価値観だと理解不能で鑑賞を放棄するかもしれない。
これがフランス人やフランスに強く感化され、モンマルトルあたりに集う各国の文学や芸術系の青年たちの心情なのだろう。
つまり、一般的な常識人を自負するタイプには、信じ難いかもしれないという人々。
しかし、それを個性と認め、その中に規則性や優先性を融合させていく人生もあると描かれていく。
時代も第一次大戦前という不安定でありながら、自由が謳歌できた時代だったのかもしれない。
ただし感性というか感情優先のヒロインは突拍子もない行動に出たり、他人を無意識に翻弄するタイプでもあり、常に優先なのは『自分の感性』なのである。
どうにも日本人には理解しづらい部分もあるかもしれぬ。しかし、それをカメラを通して描くトリュフォ−演出は素晴らしく、三人が知り合って直後のヒロインの視線による男二人を写す好奇心に満ちた移動撮影や、それぞれの個性が共通認識とわかる街中での躍動的なカット、その表現法の流れは陽光溢れる自然の中でも同じであり、何とも統一感があり心地良い。
そういったショットの積み重ねが三者三様の微妙に違う価値観や感受性を際立たせる。それでいて尊重し合う適合性もあるのだが、ヒロインのあまりにも奔放で多情家の側面が結局男二人を翻弄していくことになる。
ひと言でいえば自己中心の塊であり、男二人とも関係を平気で持てるし、他者への配慮としての我慢とか秘匿性を鑑みず隠そうともしない。それが逆に男同士は精神的なホモセクシャルだともイメージさせるのだが。
フランスとオーストリアの国民性、それ以上の個性の微妙な軋轢と温度差。しかしヒロインは一切ブレない。
情緒不安定さを醸しながら完全なる自己愛者の極みとも受け取れる存在。
その感性がどのような結末を迎えるのか。映画としては破綻していないし、こういう価値観もあると思わせてくれるが、多くの日本人には素直に受け入られないかもしれない。
それでも映画としては佳作の部類に入ると確信する。


