スタッフ
監督: リチャード・アッテンボロー
製作: ジョセフ・E・レヴィン
脚本: ウィリアム・ゴールドマン
撮影: ジェフリー・アンスワース
音楽: ジョン・アディスン
キャスト
ブラウニング中将 / ダーク・ボガート
バンドルール中佐 / マイケル・ケイン
アーカート少将 / ショーン・コネリー
ソサヴォフスキー少将 / ジーン・ハックマン
フロスト中佐 / アンソニー・ホプキンス
スパンダー医師 / ローレンス・オリヴィエ
ギャビン准将 / ライアン・オニール
クック少佐 / ロバート・レッドフォード
ビットリッヒ中将 / マクシミリアン・シェル
日本公開: 1977年
製作国: アメリカ レヴィン・プロ作品
配給: 富士映画
あらすじとコメント
前回の「さらばキューバ」での主役ショーン・コネリー。そんな彼が軍人に扮する。しかも負け戦。そこからつながった作品。
1944年9月オランダ。6月のノルマンディー上陸作戦後、快進撃を続けていた連合軍。ドイツ軍は撤退を余儀なくされ、占領していたフランス、ベルギーからオランダへと追詰められていた。
そんな中、英軍のブラウニング中将(ダーク・ボガート)が、第一空挺師団長アーカート少将(ショーン・コネリー)を呼んだ。ドイツ軍の息の根を止めるべく、最後の一大空挺作戦を決行するというのだ。
しかし、アーカートは作戦内容を聞いて、無謀すぎると反対する。方や、ドイツには反撃するだけの余力もなく、大した抵抗も受けずに作戦は成功をすると言い張る中将。しかも、最高幹部が作戦決行を許可していると不敵に笑った。
納得がいかないアーカート。何故なら、彼が受け持つのは友軍戦車隊侵攻地点から最遠部のアーンエムの確保だったからだ。だが、上層部の命令は絶対だった。
そして、史上最大の空挺作戦が決行されたが・・・
第二次大戦に名を残す連合軍最大の失敗を描く戦争巨編。
もはや勝利の美酒に酔っていた連合軍。アメリカ参戦後、圧倒的な物量で優勢に立ち、イタリアは降伏し、ヨーロッパではドイツだけが戦争を続けていた。
そこに蔓延したのは『驕り』である。不利な情報には目を瞑り、物量という力技で押し切れると確信していた連合軍上層部。
何と、総勢35,000人が、前例のほとんどない白昼に降下するのだ。そんな部隊が確保し、死守するのは、たった一本しかない幹線道路上にある五本の橋である。途中で味方戦車隊の進撃が遅れれば、最前線で何が起きるのか。誰が考えてもリスクが大きすぎる作戦であった。
しかもドイツ軍は起死回生を狙い、一大戦車部隊を降下地点近くに待機させていた。圧倒的な物量とはいえ、重火器を携行していない空挺部隊と重装甲の戦車である。
当然、待ち受けていたのは屈辱的な敗北だったのだ。
そんな恥を「史上最大の作戦」(1960)に匹敵するスケールで再現した超大作。
通常は、ドイツの反撃を受けるが、最後は連合軍が勝って行くという戦争映画が圧倒的。ところが、本作は追詰められていくのは連合軍なのである。見ていて、悲壮この上ない展開となる。
これだけの有名俳優を有し、負け戦を延々と見せ付けられるのだ。アメリカで興行的に失敗したのも頷けよう。
しかも、アメリカ軍もかなりの痛手を負う描かれ方をするが、メインはコネリー扮する英軍空挺部隊とジーン・ハックマン率いるポーランドの部隊である。だからハリウッド製にもかかわらず、イギリス映画のような印象を受ける。その上、監督は俳優出身のイギリス人リチャード・アッテンボローだ。どうにもイギリス色が強くなる。
作劇としては、悲壮感を緩和させるために、レッドフォードやジェームス・カーン、エリオット・グールドなどのアメリカ側が格好良いパートを受け持つ。それに引換え、イギリスは無能な将軍など、むしろ自虐的に描かれる。また、一方で、敵役のドイツも完全なる悪役として描かない。
何とも不思議な感覚を覚えた。つまり、白黒はっきりと単純に楽しめないのだ。だが、そこにこそ本作の意図があるのだろう。
戦争は総てが『悪』である。しかも、最大の敵、それは「内なる敵」。そういう過去の事実を素直に認めるという強いメッセージを持つので、これほどの大作なのに、カタルシスを得られないのだ。
ここで扱うのを機に再見したが、自分としては「バブル」を経験し失敗した日本の実績を勉強せずに、同じ過ちを繰り返し、世界経済を『100年に一度の大不況』へと導いたアメリカ政府に対するのと同じやるせなさを感じた。
上手いことを言って始めるのは、上の人間だが、死んで行くのは、下の人間たちだ。劇中、そう呟くジーン・ハックマンの台詞が胸に突き刺さる。


