スタッフ
監督:若松孝二
製作:尾崎宗子、大友麻子
脚本:若松孝二、掛川正幸、大友麻子
撮影:辻智彦、戸田義久
音楽:ジム・オルーク
キャスト
遠山美枝子 / 坂井真紀
坂口弘 / ARATA
森恒夫 / 地曳豪
重信房子 / 伴杏里
板東國男 / 大西信満
塩見孝也 / 坂口拓
加藤元久 / タモト清嵐
植垣康博 / 中泉英雄
山荘管理人 / 奥貫薫
ナレーション / 原田芳雄
製作国: 日本 若松プロ、スコーレ作品
配給: 若松プロ、スコーレ
あらすじとコメント
「突入せよ!あさま山荘」(2002)は、警察側からの視点で歴史的事実を描いた作品だった。本作は、その作品に対して作られた強烈なるアンチテーゼと位置付けられる骨太作。
1969年60年の日米安全保障条約(日米安保)発効を期に、学生運動が起き、やがて敗北という形で収束したが、68年、様々な情勢が変化し大学紛争が再燃。それによって『全学連』が誕生した。
だが、今度はその中の一派である共産同(ブント)が、穏健派と武闘派とで内部分裂を起こし、武装蜂起を唱える塩見(板口拓)らによって赤軍が誕生。しかし、当局の徹底的な制圧により塩見が逮捕されるに及んで壊滅寸前に追い込まれてしまう。
その後、残った数少ないメンバーたちは、やはり武装闘争を唱える重信(伴杏里)が所属する『革命左派』と共同戦線を組んで、『連合赤軍』が誕生する。
その中で、一度は離脱した森(地曳豪)が頭角を現しだして・・・
『革命』を信じた若者たちが辿る壮絶な姿を追う実話。
上映時間は3時間を越える大作。冒頭、ニュース映像や字幕によって、60年の安保闘争から連合赤軍誕生までが、時を追って解りやすく説明されていく。
そのナレーションを担当するのが、原田芳雄である。彼自身、反骨精神溢れる役者であり、60年代の安保闘争真っ只中で、青春時代を送った人間。それだけで当時を知る人間には感慨深いものがあることだろう。
そういった進行の中で、少しだけ、俳優たちによるドラマ部分が挿入されていく。
登場人物たちは、坂井真紀演じる女闘士以外、現れては消えていき、慌しいが、当時の理想に燃える若者たちの姿が画面から伝わってくる。
世界規模で起こった共産革命から飛び火し、高度経済成長と単独与党による長期政権が火に油を注ぐ結果となっているのも見逃せない事実。
敗戦後15年という月日。60年代安保に参加した学生たちは戦時中の生まれで、日本が敗戦し、一日にして軍国主義から民主主義へと変貌を遂げた日本を幼少時代に目の当たりにした世代でもある。
そこには、現代の若者たちと違い、生まれたときから平和であり、物資が満ち足りていて、便利が当り前とは違う世界があった。
その中で、感受性豊かな思春期から青春時代を迎え、時代が急速に変貌していくのを肌で感じながら、自分たちの熱情の発散場所をもがき苦しみながら模索したのだろう。
本作は、必死に、自分らの生きる価値と、己の存在証明を求め、より過激に自分たちの世界観を構築し、仲間を取捨選択していった若者らを冷徹に描いていく。
しかし、そこで浮かび上がるのは、まだ青い思い込みから矮小された世界へと集約して行き、やがて常軌を逸して、同志たちにも血の制裁を加えていくという壮絶な姿。
客観的に見れば『狂気』として片付けられよう。しかし、みな必死に生きようとしているのだ。ある者はその世界へ復帰し、ある者は恐怖を感じ逃避する。
その中で、印象的な描かれ方をするのが、ひとりの高校生である。彼は、大学生である兄たちに影響され、参加を決める。しかし、まだ、難しい言葉によって統制を執ろうとする執行部の大人さ加減に付いていけない。
やがて、それぞれが『総括』だ、『自己批判』だといった言葉に全ての自らの正当性をこじつけ、更に増長して狂気を帯びだしても、最年少ゆえ、逆らうことはおろか、思想的理解もできない。当然、議論にも参加できず、殆んど台詞がない役でもある。
しかし、そんな彼がラスト近くで叫ぶシーンに鳥肌が立った。彼よりは大人であり、確固たる信念を正義だと信じ、命を賭してやって来た『革命』に対する、最大最高のアンチテーゼであるからだ。
その場所が「あさま山荘」である。そこに反抗精神の塊の映画監督である若松孝二の真骨頂が見えた。
そして、完全に体制側からしか描かなかった「突入せよ!あさま山荘」への強烈なメッセージを肌で感じ、総毛立った。
妙に大人しくなった現代の若者たちへの強烈な『毒』を発している作品として見事に昇華している。
本作と「突入せよ!あさま山荘」は、是非、二本セットで見てもらいたい。善し悪しや、大人と青年の精神的格差ではなく、どちら側も戦後日本が歩んできた壮絶な事実であるから。


