余談雑談 2023年7月8日

沖縄から帰郷した。

今回は6泊7日という長めの旅。特段の予定を入れずノー・プラン。ただ、現地でビール工場から赤い水が流出したのを報道で知り、「冷やかし」というか「酔狂」で北部方面へ日帰りで行った以外は那覇にいた。

その赤い水。原因は着色冷却水で流出場所は「名護」。那覇在住のビール屋のマスター君から聞いて高速艇がバスよりも安い料金で運行していると知り酔狂旅実施。だが、そこは経由地で終点は「本部(もとぶ)」。若干は興味のあった場所。

朝8時半発で所要時間2時間。高速艇でこの時間だから長距離と言えようか。艇は、時間潰しに毎日フェリーを見送っていた港の一番端から出航。

フェリー乗り場から若干距離があるので、早めに向かったが客はまばら。後で聞いたが、ビール屋のマスター君に言わせると観光客で那覇から「美ら海水族館」に行くには高速艇と港からの路線バス移動が一番安い。だから本来は乗船率高めだとか。一応、ラッキーということか。

名護に寄港したら紫色に濁る海面が「まだら模様」。潮流で随分と薄まったのをデッキから眺め本部へ。

一応、マスター君から勧められた美味い沖縄そば屋と沖縄ぜんざい店に行ってみようかと。ところがというか、案の定。調べが足りず沖縄そば屋は定休日。いかにもの場所で他に食べ物屋は少ない。時間を潰し、ぜんざい屋へ。こちらで「ぜんざい」というと、東京モンでいう「氷あずき」に近い存在。その店はさほど甘くなく氷が冷やしてくれる。

ところが、サンダルで行ったのが間違い。やはり歩き慣れなていなく足が痛い。何とか調べておいたバス停まで10分強歩くと、またもや汗が噴き出す。バスに乗り、那覇まで戻る。すぐに寝落ちし、目が覚めると見知った那覇の街。今回の冒険旅行は、これにて終了で良いと。

旅の残りは在住者の如し。ビール屋と沖縄小料理屋に日参し、常連面。個人差があろうが、一度づつ新規店を開拓するよりも同じ店に通い馴染みになるのを好むタイプ。そしてマイお気に入りを見つけて行く。

那覇での別な楽しみはランチの選択。好きな店は定休日を外せば制覇できる。これは本部での失敗が生きる。なので、今回は一軒だけ有名ながら未入店の食堂を開拓してみようと。酒もある程度は飲める食堂だが、数種の肴付きビール・セットがダメだった。近くには有名商店街があり、肴は自家製でなくお土産用というか業務用の商品を出してきた。これなら自宅に戻っても再現可能だ。

そんな食堂も随分と変貌した。毎回、自分が泊まるホテルゾーンは決めている。東京でいう「歌舞伎町」的な場所で客引きが大量発生し、周囲は水商売の店ばかり。だが、そんなのは平気なタイプ。何故なら自分の生まれ育った場所の方が数倍怖い。

だからか、価格が安いホテルが多い。それに昔は24時間営業のお婆さんたちが営む食堂が数軒あり、どの店も違う美味しさがあり、明け方からビールを堪能できた。ゆえに宿泊地帯を変えられなかった。

ただ、高齢化や再開発による移転で、殆どの店が昼間のみの営業になっている。去年秋に営業していた24時間食堂は一店だけ。その最後の牙城も崩れていた。

9時から5時まで。何かの会社かと思ったが、尋くと明け方に飲んだくれの若い観光客が殺到しトイレだけ平気で借り、その上汚したりて知らぬ顔。確かに去年もオバサンが一人で厨房を切り盛りし外人二人がフロアのヘルプ。これじゃ無理だし、心折れるよな。

それでもランチで行く食堂は全店ともに量が多く、夕食時までに腹が減らないのが難点。その点、小料理屋は量も少なく、毎晩行くので少品注文でも何とか大丈夫。

そして調整が上手く行った晩のみ、別の行きたかった夜のみ営業店へ。「沖縄おでん」と「骨汁」の店で今回は双方とも行けた。

沖縄おでんは豚足が入っていて、魚肉ならぬチキン・ソーセージがあるのが特徴。カウンターのみの古い店でお婆さんが一人で切り盛りしてる。

骨汁は、そばの出汁用の豚骨の再利用で、矢鱈と量はかさばるが骨の周りの少ない肉を何とかほぐして食べるもの。つまり食べる量は少ないし、廃物利用と取る人もいるやもしれぬ。まあ廉価なスペアリブとか、マグロの中落ちの豚版だと言えば高級感があるか。つまり名物料理的に自慢の一品として出す店は少ない。

今回の旅は、地元から移住し沖縄市で開業している町医者の同級生にコロナ再発の時期に呑気に会えるかと言われ再会出来なったこと以外は、食べられるものは食べられるうちに食べておかないとが実現できた旅と総括。

高齢女性の店はどの程度続くのかと思うし、再開発等で急速に変貌する様に絶望感を覚え、自分の故郷でもある下町と同様の変化を遂げる。金も権力も無い人間は無力だ。あれよあれよと言う間に飲み込まれ、席巻されていく。自分は別としてだが、性善説が身に沁みて、他人に優しい人から淘汰されていく印象。

そんなことを感じると、すぐにでも行きたくなる場所。きっと20世紀には大好きで通ったイタリアも変貌しているんだろうな。

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