余談雑談 2023年9月9日

今回の都々逸。

「来なきゃ来ないでつくあきらめも なまじこのごろ夢で来る」

花柳界の女性が詠んだもの。もしくは愛人の立場か。

会いたくても自分都合で会えない相手。どうせ自分はナンバーワンでもなきゃ、オンリーワンでもない存在。それでも、たまには顔を見られるからあきらめがつかないとか。

でもさ、そう思わせられる男になってもみたかった。そんな自分と同じような思い込みを持つ男も多いから、花柳界、今はキャバクラかスナックだか水商売は廃れないのかね。

通って高額使用しても、イベントに見栄を張っても結果は同じなのに。まあ、それを無駄と感じさせないのがプロというものでもあるし。心地良く騙されて幾ら的余裕でね。だから自分のように経費対効果とか、こちらの一方的思い込みで相手を呪ったりしちゃいかん。

確かに酒飲みは酔うと愚痴ばかりか、気が大きくなる人が多い気もする。中にはそのために敢えて酔いに行く人もいるだろうが。

考えると、酒を飲まぬ人間は何に逃げるのか。自分が酒飲みだから自分基準の発想で考えているが、アルコールがなくとも平気な人も多いんだろうか。飲めなくても、相手がその手の商売ならノンアルコールで通い詰め相手に飲ませ売上に貢献するとか。

もしかして『推し活』という行動か。酒など飲まずともトランス状態で似たような心持になれる。それでも幸せなのか。まあ、商売上手な芸能系プロデューサーは女性らをグループ売りで競わせ、ファンも自分の愛情表現として直接会える権利を数秒でも多くするための権利証入りCDを、結果借金させてまで買わせることなった。それでヒットチャートは毎回1位を樹立。CD自体は発売翌日のネットオークションに何千枚単位で売りに出され価格は100円にも満たなかったとか。

それでも個人が幸せを感じるならウィンウィンか。アイドルを目指す女性は夢の実現に。ファンは一瞬の直接のふれあいに命を懸けた。それでも案の定弊害は起き、刃傷沙汰になったこともあった。自分の溢れんばかりの愛情が成就しなかったから、相手を傷つけるのもどれほど愛情が深かったかの証明なのか。

直接会えぬから夢で来る。それを違う視点で考えてみる。もしかしてこの世とオサラバして黄泉の国に行った相手のことやもしれぬ。だから夢でしか会えない。そうなら、ある種ホラーだよな。

どの道、思い込みとか執着とか。そんな気持ちを独りで内に秘めるのも、ちょっと怖いな。だからか江戸っ子は見切りが早いとか、いつまでもウジウジしないとか見栄を張ったのかね。それで逆に惚れられるんなら自分もするね。

どっこい、そうは問屋が卸さない、てか。まあ握手券付きCDを段ボール買いしても卸価格にはならなかったろうし。それじゃ純粋な推し活じゃねぇよな。確かに、報われない無駄金遣いが人間の幅を拡げるなら見っけもんかもしれやせんぜ。

それでも向こうの夢には決して出てはくれないんでしょうがね。