今回の都々逸。
「愛だ恋だはよくわからぬが 会いに来いならよくわかる」
これはどちらの立場かで意味は変わるな。弱い立場の女性。例えば昔でいうお妾さんが呼び付けられると行かないといけないの意味。ただ、『あごあし』は向こう持ちだから、身ひとつで行けばよい。愛だの恋だのではなく割り切った金銭関係。
あくまで都市伝説として遥か昔に聞いたのが、京都の祇園の芸者を囲うと、今から東京まで来いと言うと当然の如くやって来たとか。その変わり、相当な金額を支払い続ける。
または惚れた弱味でもなく、よもや駆け引きが嫌いで直感的で生きてるタイプかも。ならば自分から押し掛けるか。
これが逆の場合。男性側がファンですとか何とかお付き合い願えないかと妄想してる場合。自分のイメージでは、お付き合いの経験がないタイプなくせに、妙に批評家ぶった上から発言をする御仁。対象相手がアイドルだと解りやすいか。これは「愛だ恋だはよくわからぬが」の部分。すなわち、間違っても現実的に恋仲になることはあり得ない。
で、「会いに来いならよくわかる」となると水商売なりに鼻の下を伸ばすタイプが対象だ。アルコールが入って手のひらでコロコロと夢見心地にしてくれる。曖昧模糊ながら、身勝手変換し自分に惚れてると思い込む。なびきそうで、そうは簡単に問屋が卸してくれないの繰り返し。
やがてそれが快感になっていく。イチかバチかのギャンブルに近いのか。それともスポーツのように自分を追い込み、不可能だと思った勝利を手にすると出るアドレナリンに陶酔するタイプ。でも、きっとどちらでもないよな。
昨今は心動かず金も使わずというタイプも増加中とか。ある意味、クールは正解だろう。その手は『いただき何とか』に課金して夢を見たりしない。
でも、わかっていても夢は見たいからと金払う。きっとその手のタイプは振り込め詐欺には騙されないんだろうな。そこに夢はないから。
何が良いのか悪いのか。愛だ恋だではなく、所詮、他人など分らぬが、自惚れるほど己はモテないぞなら、よくわかるてか。
それでも会いたいのなら、その時はちゃんとお金持ってきてねということでしょう。だとしたら、いつになったら学習効果を得て、卒業できるのでしょうかね。
でもさ、皆が大人になったら都々逸の洒落など誰にも通じなくなるかもね。


