今回の都々逸。
「月で兎がついてる餅を あたしゃアンタのために焼く」
中秋の名月の時期。ただし、前世紀とかもっと前かも。残酷なほどの盛夏が過ぎ、淀んだ空気が訪れて時の移ろいを感じるのがやっと。風流とかいう表現も死語になった。
そもそも兎が餅をつくと見えた人の感性が面白い。太陽と違い直截的激しい暑さや眩しさは感じさせないし、どこか淋しさも連れてくるイメージだったのだろうか。今や月の裏側まで覗きに行く時代だが。
風流なんぞ縁のない自分には、花より団子のくち。つまり食欲の秋が先だ。不思議なのはまだまだ暑いのに、体は何故か「秋モード」に変化。つまり、食欲が増してきた。これはいけない。日中はまだまだ暑く引き籠り傾向なのに、腹がすくのが妙なのだ。
体内時計とか、体が覚えているとか。でも寄る年波なら体が拒否するのも当然ではないのか。となれば麻痺してきているということ。何やら良からぬ傾向かも。とはいえ大好きな食べ物でもないから腹が鳴ることもないし、中にはウサギだって食べる人はいるわけだし。
この都々逸ではウサギと餅もイメージから、やきもちもあくまで嫉妬で食べ物ではない前提。それが自分には、やはり食べ物の方が浮かぶのは、やきもち焼かせる相手など昔から存在しないからに違いない。まあ、餅なら金はかからないしな。
やっぱり食欲の秋が優先か。一応の季節感があっての洒落っ気。どこにも合理性はないし整合性もない。それでも夢は見たくなるのが人間かも。
尤も、寝苦しくて熟睡できないから見るのも夢でなく、悪夢かもしれないね。


