スタッフ
監督: ウェイン・チャン
製作: ピーター・ニューマン、G・ジョンソン、堀越謙三、黒岩久美
脚本: ポール・オースター
撮影: アダム・ホレンダー
音楽: レイチェル・ポートマン
キャスト
レン / ハーヴェイ・カイテル
ベンジャミン / ウィリアム・ハート
ルビー / ストッカード・チャニング
ラシード / ハロルド・ペリノー jr
コール / フォレスト・ウィテカー
フェリシティ / アシュレイ・ジャッド
エイプリル / メリー・ワード
ローズ / ジャレッド・ハリス
店の客1 / ジャンカルロ・エスポジート
日本公開: 1995年
製作国: 日・米 ミラマックス作品
配給: 日本ヘラルド
あらすじとコメント
ニューヨークを舞台にしたオムニバス形式のドラマ。「9・11」以前なので、悲惨さと絶望感のない静かな人間模様。
アメリカ、ニュー・ヨーク。とある街角にある一軒の煙草ショップ。オーナーはレン(ハーヴェイ・カイテル)だ。彼の店には日々、様々な客が去来する。
今日は、スランプ中の小説家ベンジャミン(ウィリアム・ハート)が、お気に入りのシガーをいつものように2本だけ買い求めに来た。彼は五年前に妻を事故で亡くし、それ以来、常に他人と一線を引いて人生を過していた。
物思いに耽りながら車道にでたベンジャミンは、走ってきたトラックに危うく轢かれそうになる。それを助けてくれたのが黒人少年ラシード(ハロルド・ペリノー Jr)だった。今どき奇特な少年もいるものだと感心し、見たところ職や住まいもないようなので、気まぐれから2日ほど家に来ないかと誘うベンジャミン。
訝しがるラシードだったが・・・
市井の人々の何てことない人生を淡々と描く人間ドラマ。
街角のタバコ屋。先ずこの設定に興味を惹かれた。当時から、既に喫煙規制が強化され、喫煙者は「マイノリティー」へと追いやられていた時期。
しかも、ゲーム・センターのように未成年者がたむろする場所でもなく、バーやダイナーといった男女がアルコール片手に知合う場所でもない。そして、殆んどが、同好の士である常連が集うという場所。少し閉鎖的なイメージがある。
主人公は、一応、その店のオーナーだが、映画はそこの常連、常連と知合う黒人少年、その父親、オーナーの元妻、そしてオーナー自身とエピソード毎にスポットを投げかけていく。
それぞれが持つ闇と人生の孤独。嘘と真実。そして、家族として、また他人ゆえの血の流れ。そういった傍から見れば些細なことだが、本人にとっては人生の一大事である出来事を淡々と綴っていく。
冒頭で、小説家が、薀蓄をさり気なく話す場面での「かつて煙草の煙の重さを量った人間がいる」というエピソードが、本作の方向性を導いて行く。
『煙草の煙』。葉巻やシガー好きな人には、その香りが堪らなく好ましいが、嫌煙家からすれば、喫煙者のみならず、周囲の人間までの健康を害する諸悪の源として捉える。
しかし、空中に一瞬にして消えていく。残るのは灰と吸い殻のみ。
それが市井の人間のいたって普通のドラマだと明確に打ちだしてくる寸法である。煙草同様、対人付き合いにも、好き嫌いの度合いと、付き合い方の深さなど、誰にだって個人差はある。
そういったことは本人には大問題だが、他人からすれば、すぐに流れて消える紫煙と何ら変わりはないのだ、と。
その移ろい。ゆえに映画自体も淡々と、しかし、注意深くチョイスされた、興味深いエピソードを、敢えて静かに、まるで無風のなかで立ち昇る一筋の紫煙が、やがて少しだけもつれ、いつの間にかフェード・アウトして行き、その残り香だけが漂う、という作風。
静かだが、強い酒をストレートで飲んだような衝撃を伴う、滋味溢れる人生の、ある種、御伽噺という作品。


