戻り梅雨なのか、そんな簡単な事象ではないのだろうか。日本全国で豪雨である。
北海道に梅雨はないというのもそろそろ日本亜熱帯化のために本州以南同様に梅雨があると発表しても良いんじゃないかと思う。
TV報道は、各局ここぞとばかりに河川氾濫やら、土砂崩れの恐怖心を煽る『オイシイ映像』ばかりを流している。
京都の映像では、氾濫しそうな河川の橋の上で、警備員の移動指示を無視し、カメラなりスマホを向けているアジア系団体観光客が写っていた。素人観光客にも『オイシイ映像』なのだろうか。
自分などは、未だに10年以上前のデジタル・カメラで、ここ用のポスターなどを撮影しているが、スマホ自体が、それ以上に高性能なんだなと。しかも動画まで撮れる。
昔は写真はカメラであり、動画は8ミリかビデオと別機材であった。写真は24枚とか36枚撮影用のフィルムを装填しての撮影だったので、失敗しないよう注意を払っていたものだ。
ところが、今や「データ」であり、すぐに再生し、消去も簡単。しかも手ブレ補正やら修正加工まで出来るから、何も考えずに勝手に撮影するわな。
あれじゃ、ある程度の意識を持ち構図を決める楽しみや、ブレの失敗も現像しなきゃいけないという恐怖もないよな。
しかも動画まで撮影可能じゃ、成程インスタグラムやTV局への投稿動画等のアップも簡単で、本人が、それなりのプロになった気になるんだろうな。
だから、地元観光地などでも絵的に何故という場所でもポーズを決めて撮影する外国人も多い。取り敢えず撮って、気に入らないと消去すればいいんだもんな。
この前など、実家タバコ屋の店先カウンターに肘などを置き、こちらに挨拶もなく、ポーズを決めて撮影する中国系カップルが登場した。昭和レトロ感満載の店先かもしれぬが、タバコを買うでもなく、どう考えったって絵面としての魅力などないと思うのだが。
こちらが近付くと、逆に撮影の邪魔だとばかりな顔をする。随分とエライ方々なんだな。
他方、自室ビルがある小さな交差点では、モデル気取りのアジア系女性を撮影するべく、横断歩道に寝そべって、煽りの写真撮影までする輩たちに出くわした。やはり自分らは何らかのプロという意識なのか、それとも本能で行動しているのか。
うがった見方だが、感性の才能ではなく、自惚れの才能が勝る。
写真は魂を抜かれると嫌がったのはアメリカの先住民だったかな。でも、今や魂など初めからないのかもしれぬ。


