スタッフ
監督:熊澤尚人
製作:竹之内崇、脇坂嘉紀、三木裕明
脚本:熊澤尚人
撮影:藤井昌之
音楽:中西長谷雄
キャスト
安里風希 / 蒼井優
安里尚栄 / 平良進
安里昌美 / 南果歩
内盛海司 / 金井優太
鳩山レイナ / かわい瞳
平良美咲 / 比嘉愛未
相葉幸子 / 中村愛美
崎山 / 斉藤歩
田中 / 前田吟
竹富島のみなさん
製作国: 日本 IMJエンタテインメント他 作品
配給: ザナドゥー
あらすじとコメント
沖縄の「離島」と「大都会」東京。双方での暮らしを知るひとりの少女。どちらだろうと住んでいるのは同じ人間ながら、流れる血には温度差がある。しかし、やはり同じ『人間』である。何が、その間を隔て、逆に同じく横たわっているのか。
沖縄、竹富島。幼くしてカメラマンだった父を亡くした風希(蒼井優)は、彼女が6歳の誕生日を目前に控えたとき、母(南果歩)が島を離れ、東京へと行ってしまった。
育ててくれたのは島の郵便局長である祖父(平良進)であった。無口で不器用な祖父を煙たく思いながらも成長していく風希。そんな彼女の楽しみは、 毎年、誕生日に必ず届く母親からの手紙だった。
しかし、一体、母は東京で何をしているのだろうか。年を追うごとに様々な憶測が彼女の心に去来するようになる。
そして、彼女が高校を卒業するとき、祖父にカメラマンになるための修行で東京へ行きたいと言いだした・・・
ひとりの少女が、成長していく姿を静かに追う作品。
主人公は父親を亡くし、6歳にして母親もいなくなった少女。育ててくれたのは生まれ故郷である離島の人々だ。静かで穏やかな時間が流れる場所でもある。
そんな少女は成長し、帰ってこない母親の面影を追って、上京する。そこで目の当たりにするのは、大都会ゆえの疎外感である。
かといって、悪人が登場するわけではない。しかも、東京ででてくる人物たちは、皆、地方出身者らしく、それぞれが実力で伸し上がったり、何かを探し、あがいている人間たち。
彼女がやってきて暮らすのは、あくまでも、自分自身の生きる力なり、感性が試される場所としての「大都会」である。そして、そこに故郷との差が歴然と浮かぶ。
主人公は故郷でも、両親がいない孤独感を持って成長した。全員が知り合いという閉塞感さえ感じていたのだろう。成長するにつれ、当然芽生えてくる『自我』。
言い換えれば『個』である。その『個』が大都会では、当り前なのだ。そんなことはまったく知らず、揺れ動く主人公の自我を後押ししてくれるのは、東京から離島へやって来て、そのまま住みついた女性。
また、逆に、主人公が東京に来て従事するカメラマンの元アシスタントは、ふと、故郷に帰ろうかなと呟く。
皆、それぞれの『個』を持っている。そこで浮かび上がるのが、帰る場所があるという安心感である。
しかし、帰省したところで、主人公を待ち受けているのは無口な祖父と全員が顔見知りの島民であって、親や兄妹ではない。まして、彼女は、母親とどこかで再会するために上京してきたのである。
そういった思春期から大人へと成長していく姿を静かに映しだすカメラが流麗だ。
どこか不安定に揺れる画面。そして、海辺の突堤にある、微動だにしない古い郵便ポストと、その向こうで揺れる海。母からの手紙を持つ手はたじろぎもしないが、手紙自体は風で揺らめく。そういった静物と、不安定に動くものとの対比。
特に主人公が映しだされると、カメラは常にゆっくりとだが、移動したり、不安定に揺れ続ける。彼女の心のさざ波が伝わってくるようだ。
しかし、突き放すことはなく、まるで、見えないものに包まれた「ぬくもり」というか、どこか神の目線さえ感じさせながら寄り添う、陽炎のように淡い空間と心。
敢えて、碧く澄み渡るイメージが強い沖縄を描くのに、曇天が強調される。そして、主人公の心の葛藤と空虚感をストレートに照らしだす、真っ赤な夕陽。「離島」と「都会」、「静物」と「流動物」同様、ここでも『対比』が強調される。
惜しむらくは、主人公を演じる蒼井優と母親役の南果歩が、沖縄人に見えないこと。しかし、祖父役の平良進は見事のひと言。雄弁に語らないからこその、圧倒的な存在感を滲ませる。
大都会では強く生きざるを得ない生活と曇り空ばかりが強調される故郷の閉鎖性ゆえの「ぬくもり」。
ふと、感じた。帰れる場所が存在する人間は羨ましい、と。


