ぼく東綺譚   昭和35年(1960年)

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スタッフ
監督:豊田四郎
製作:佐藤一郎
脚本:八住利雄
撮影:玉井正夫
音楽:團伊玖磨

キャスト
雪子 / 山本富士子
種田順平 / 芥川比呂志
種田光子 / 新珠三千代
音吉 / 織田政雄
山井 / 東野英治郎
山井京子 / 乙羽信子
N散人 / 中村芝鶴
お房 / 淡路恵子
照子 / 岸田今日子
三治 / 中村伸郎

製作国: 日本
配給: 東宝 東京映画


あらすじとコメント

かつて日本では売春が地域を限定されつつ合法化されていた。その中のひとつで東京の東側にあった場所を舞台に描かれる永井荷風原作の映画化。

注・表題は当発行形式では文字化けで使用不可なので、ひらがな表示を使用した。

東京、本所区

昭和11年2・26事件が起き、いよいよ戦争の気配が重く流れだしていた頃。浅草方面から隅田川を超えた場所に寺島町、俗にいう『玉の井』という私娼街があった。

「通り抜けられます」という看板がかかる汚いドブ堀もある路地群があり、そこで夜な夜な女性たちが小窓から顔を出し男性客を呼び入れようとしていた。

ある夕刻、激しい夕立が起き傘を差して歩いていた種田順平(芥川比呂志)の下に「送ってって」と入り込んできた雪子(山本富士子)。当惑するが、結局彼女のいる家へ上がることになった。

しかし彼にとっては初体験であり、雪子が部屋を離れた隙に出て行ってしまう。それでも何やら考え込んでいた種田は、おでん屋で酒を飲んで、再度彼女がいる家へ舞い戻った。

「可愛い人」と笑いながら雪子に招き入れられ部屋に上がると・・・

薄幸の私娼と悩める中学教師の触れ合いを描く文芸ドラマ。

路地に建つ小さな家の小窓から客引きをする女性たちの顔が並ぶ。彼女らのほとんどはその家に住み、三畳ほどの部屋に呼び込んで客を取るのだ。

当然、女性たちは虐げられた存在であり、薄幸の中で明るく立ち振る舞う者、開き直って男を小馬鹿にする者、病を抱えて暗さが先行する者と様々な女性たちが生活してる場所である。

男たちはやって来ては性欲の捌け口として対価を払う。

ヒロインは重篤の母親の仕送りのために身を落としているが、健気に明るく生きているタイプだ。

一方の主人公は経済界の大物の元妾で子供まで産まされた女性を妻として迎え入れている、真面目というか諦念感が漂う中学教師。

元妾だった妻は宗教にはまり、どこか取り付くしまがない。しかも彼自身の研究費も妻の大旦那から支給されていて、まったくもって立つ瀬がないとも感じている。

故にか、異次元の世界で明るく生きるヒロインに興味を感じ始めていく。

ヒロインだって母との間に立つ、妙に頼りない叔父にも頼られ、更に金を稼がないといけなくなっていく。

どうにも暗い男女たちばかり。主人公の知人には立派な先輩もいるが、何とも嫌な印象の人間ばかりが出てくる内容ではある。

原作は永井荷風で彼自身を彷彿とさせる人物も登場してきて、独白、つまり荷風の原作の朗読が被さり映像とナレーションの融合によって紡がれていく作劇。

隅田川や白髭橋はロケだが他は玉ノ井私娼街のセットが組まれた中で作られた。

何よりも本作は出演陣が脇役に至るまで皆が素晴らしい。ただし、ヒロイン役の山本富士子は大映からの客演で熱演ではあるのだが、あまりにもふくよか過ぎて薄幸さが浮かばないのが難点。

それを払拭しようと、かなりの熱演で、イメージは付きやすいのだが、美人さと豊満さが足を引っ張っている印象が最後まで抜けなかった。

主人公役の芥川比呂志は文豪芥川龍之介の長男である。彼も熱演であり、山本とのアンサンブルは取れてはいるが、自分だったら別な男女優を起用したと思う。

それでも、特にヒロインの叔父役の織田政雄のダメ男っぷりが見事過ぎて鳥肌が立った。この手を演じさせると主役を喰う抜群の存在感を放つ脇役俳優の筆頭格。

他にも永井荷風自身を彷彿とさせ、本編ナレーションも担当した歌舞伎役者の中村芝鶴もそっくりで驚くし、私娼街の中のおでん屋主人夫婦を演じる宮口精二と賀原夏子、あっけらかんとした現代っ子風情の淡路恵子など誰もが役を理解し、それでいてバランスが保たれ見事なるアンサンブルが生まれている。

虐げられて生きる人間が集う吹き溜まりのような場所で漂う風情と情緒。

束の間の逢瀬に将来への淡い希望を夢見るヒロイン。それでいて誰もが抜け出せない沼で、もがくような存在として淀む。

そして別な視点で生きる主人公は、門外漢的な存在である。しかし誰もが忍び寄る戦争に恐怖を感じつつ、それでも生きていくしかない人生。

誰もにハッピーエンドが訪れない何とも後味のよろしくない作品だが、これこそ戦後の名残が現実に横たわる中で生き残った日本人たちの感情だったのかもしれぬ。

文芸作としてはまとまっていると評価できる作品。

余談雑談+ 2026年6月6日
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